ブランド:すみっこそふと
シナリオ:渡辺僚一
公式サイト:なつくもゆるる
もう少し先でいい。
世界が終わるのはもう少し先でもいいかもしれないんだぞ。
稀代のロリゲー、なつくもゆるる。一応ロリである必要性(理由)というのは作品内でしっかり説明されてますけど、うん、多分コレは作り手側の趣味ですね。
前作の「はるまで、くるる」の小説版(非18禁)が発売されたこともあって、あきゆめと一緒に買ったんですが、めちゃくちゃ面白かったです。シナリオのテンポと奥深い舞台設定。世界観をきっちり伝えるために簡単な絵を使ってるとこもユーザーに優しくて良いですね。
なんというかやっぱり、「恐怖」ってのはシナリオを読み進めさせる上での大事なスパイスになるのかなぁ、と思ったり。
あと僕はロリコンじゃないので、ものべのの後のこれは若干ロリ食傷気味でした。まぁよくあるよくある。
というわけで以下感想。ネタバレ注意で。
『歩き続けるための条件』
何かがわかった気がする。
それは直感的なモノで、言葉にするのは難しいけど……。
自分の中に穴があるのだ。足りないモノがあるのだ。
それは、体もそうだし、心もそうだ。
穴が開いていて、バランスが悪くて……。
今までどうやって歩いていたのかもわかんない。
もう一歩も前に進める気がしない。
――当麻進
プロローグ。物語の始まりで、主人公の進は草原を歩き続ける。
だけど、彼は気付いてしまった。自分に穴があることに。心だけじゃない、体にも穴はあって、不完全だから前に進めない。今までどうやって前に進んでいたのかすらわからない。
なつくもゆるるを読み進める上で注意しなきゃいけないのは、「自分」というのは「心」だけじゃないということだ。
これは前作、「はるまで、くるる」でも指摘されていた点なのだけど、今作ではそれがより強調されて物語構造の主軸になっていると思う。
自分は心のような気がしていたけど、自分は体でもあるんだ。
――はるまで、くるる
当り前だけど、心と体は不可分の存在だ。
体の調子が悪くなれば心だって悪影響を受ける。風邪を引いた時に人恋しくなるように、恐怖した時に顔が青ざめるように。互いが互いに意識せず、それでいて密接な関係を保っている。
意識というものに主軸が置かれた近代において、心優位の観点から人間が語られることが多いけど、本当はこの二つに明確な優劣というのはないのだ。同じものを別の観点から見たモノに過ぎない。心だけを重視するのも、体だけを重視するのも不十分なのだ。
きっと、宇宙にいる心だけの人間は、それの答えを見つけてしまったんだろうな。
なんとなく悟ったような気分にでわかったんじゃなくて、本当にわかってしまったんだと思う。
そうじゃなきゃ――。
自分の生死がどうでもいいだなんて、平坦な気持ちで考えられるわけがないと思う。
俺は体があるから。
紫穂を抱きしめるだけで心がこんなに乱れるから。
だから――。
生きることも、死ぬことも、平坦な気持ちではできないと思う。
――当麻進
だから、体を捨ててしまった「彼」は人をやめてしまった。
人として生きるということは、(「彼」のように)心だけで生きることでも、(暴走した重力使いのように)体だけで生きることでもない。二つの等価なモノを抱えて生きることこそが人として生きるということなのだ。
進が幼いころから姉に教わっていた「術」というのは、つまり人の体の仕組みを感覚として覚える(つまり、文字通り体で覚えるという)ことなのだ。これを応用して重力の使い方を覚える。言い換えれば、これは自分の体を自分で操れるようにする訓練に他ならない。*1最終局面でそれを漸く出来た進は、最後の最後で姉という障害に打ち勝つことが出来るのだ。
紡がれていくモノ
「体があるから生きていたいんだろう。
外の彼は体がないから、生きることがどうでもよくなったんだろう?」
「で、でも!体はいつか滅びるんだぞ!」
「わかっているんだろう?
でも、他人の体を見るのも嬉しいんだろう?」
「……」
「未来に、動いている体を想像するのも嬉しいんだ。
それが自分の一部なら、自分の血を引いてる体なら、きっと、もっと嬉しい」
(中略)
「……。トーマはきっとどこまでも歩いて行く」
「うん」
そうだ。俺は歩いていく。
「トーマの子供達もきっとどこまでも歩いていく」
体は消える代わりに、体を生み出すから。
消えるのは悲しいけど、生まれるのは、きっと嬉しいことだから。
――進、紫穂
今此処に在る生命とは、連綿と紡がれてきた奇蹟の一端だ。今ここに僕がいる確率は途方もないもので、ましてやその僕が書いた文章をアナタが読むことなんて一体誰が予想できただろうか。(そして僕がエロゲのレビューを書くことになるなんて本当に誰が予想できただろう。親が知ったら泣くぞ)
ありとあらゆる生命は歩いていく。その先に何かがあるから歩くわけじゃない。生命とは果てのない道を歩いていくものなのだ。時に自然環境が変わり淘汰される事があっても、生き残った変異種がその歩みを続けていく。例え宇宙が終わっても、現行人類であるホモ・サピエンスは新人類のグラビティウォーカーにバトンを渡し、生命の歩みは続いていくだろう。
そうやって、自分の先に誰かが歩んでいってくれる事は生物としての喜びで、それが自分が成した結果によるものだったらもっと嬉しいだろう。
なつくもゆるるは、そうした紡がれていく終わりなき(ENDLESS)生命の物語なのだ。
心臓が、大きく弾んだ。
あの草原の中で――。
俺はきっとこの言葉を聴きたかったと思う。
彼女に言われたかったんだと思う。
その言葉が何かわからないけど、きっと、次の瞬間に、その言葉を聞けるんだと思う。
「……」
泣いてしまうんじゃないかなって、頭の隅で思う。
紫穂は、すー、と大きく息を吸って、胸を膨らませる。
目を大きく見開く。
小さな口が動く。
俺は身じろぎもせずに、紫穂を見つめ続けていた。
「トーマ、ありがとうなんだぞ!」
雑感
僕はまぁ確かに、外見の好みだけで言えばロリ寄りではあるのですけど、しかし完全なロリというのはいかんせん萌えないというか。どっちかと言うと庇護欲の方が勝っちゃいますよね。中学生キャラくらいからこう大丈夫なんですけど、やっぱり僕はロリコンじゃないなぁと日々感じるわけであります。世間的にはロリコンだけど。
と、終始ロリ話でしたねなつくもゆるる。
作品の感想としては、作品構造や世界観と同じくらいキャラ設定とギャグが面白かったです。4季節分出終わったらそれぞれのFDとか発売してくれないかなぁ。無理かなぁ…。
ここらへんのギャグが最高すぎてずっと笑ってました。うーん、どこかで使いたいけどこの画像一生使う機会ないだろうなぁ(笑)。
(終)
*1:わりと身も蓋もない言い方をすれば、重力を操れるようになるというのは「地に足の着くことができる」という感じでかけているのかもしれない。まぁこれは進くんが大人になる物語ではないので比喩表現なのだけど。