夢、幻、現実、嘘、本当。どれが正しいのかしら?
どれが一番幸せにしてくれるのかしら
ブランド:Purple software
シナリオ:森崎亮人
公式サイト:ハピメア REGRET END|Purple software
随分前から気になっていたハピメア。
なんだかんだで「幻想楼閣」とかは10年以上前から知っていたのですけど、本編こんな感じなんですねー。いやー名作でした。
ゲームデザインが思った以上に優れていて、夢の曖昧さや不整合さがうまく組み合わされていたなーと。
ちなみにこのために夢に関する書籍を急いで読み切ったのは内緒だぜ…!
以下、ネタバレ注意。無印+FD+RE追加シーンの内容含みます。
匣庭の幸福
でも、わかっていたのです。
目を開けさえすれば、なにもかも、つまらない現実に変わってしまうということは。
明晰夢を見る透にとって、夢とは何でも思い通りになってしまう世界。
体が弱い有子にとって、夢とは唯一自由に動ける世界。
不完全で理不尽な現実とは違う。夢の世界は妹を連れ去ってしまうこともないし、有栖という理想の姿になれる。
ホワイトクリスマスのような騒動があったとしても、退屈で不自由な現実よりは随分マシだ。
夢という理想の世界に、現実は何一つ勝てる要素がない。
繰り返しになってしまうが、個人のために用意された完璧な夢に、誰もが納得できない現実が叶うはずもない。
完璧な夢とは閉じた世界だ。他者の価値観や新しい情報が入ってくることもない。
だから幸福の定義が揺らぐこともないし、その幸福が揺らぐこともない。
分かって居るんでしょう、夢の世界では無条件に優しくなれる。
だって自分の望みを自分で叶えられるんだもの。
──舞亜
ハピメアという作品で一貫しているのは、夢の世界は(個人にとって)完璧だということだ。*1
何でも思い通りになる世界だから間違っているというわけではなく
(それなら思い通りにならない、舞亜のような存在を作れば良いからだ)
逃げること自体が間違っているというわけではなく
(透も有子も、一時期とはいえ逃げなければ心/体に潰されていたからだ)
夢想することが間違っているというわけでもない。
(景子はむしろ、夢想の世界を通じて成長したからだ)
ならなぜ透は理想の世界に溺れることを拒否できたのだろうか?そこには舞亜も有栖もいたのに何故?
俺は咲に何をさせた、どんだけ泣かせた?
そのうえで、本当は辛い。死にたい?
ふざけるなよって言ってやる
咲を幼なじみのままで居させられなかったのは俺のせいだろ
舞亜が居なくなって俺達の中の三分の一が無くなって。
それを全部咲に埋めさせたのは俺のせいだ
俺が頼りないから、先が自分の居場所を捨てて舞亜の所に収まって、支え続けてくれたんだ
──透
透が夢の世界から現実に帰ってこれたのは、妹になった咲のおかげに他ならない。
だから、透がもし夢の世界に落ちてしまったら、咲の献身も思いもすべて踏みにじることになる。
自分だけで完結するのであれば、きっと透は夢の世界に生き続けていた。けれど咲という存在が、そして弥生や景子などの繋がりこそが、現実に生きていく意味を与えてくれる。
「だけど、やっぱり。生きてるのは辛いかもしれないけど、諦めたく無い」
「──君は、強いんだね」
「いや多分、弱いよ。強いのは、俺の周りの人たちだから」
こんな俺を支えてくれた人たちが強いから、俺はそう思えるようになった。
──透、有子
夢という完璧な世界。喪った妹も、最愛の恋人もいる閉じた幸福な世界。
それでも手を伸ばしてくれた誰かと、手を伸ばしたいと思った誰かがいる現実に。
幸福は約束されていないけれど、知らなかった海に行くのもきっと悪くはない。
──夢から覚めてもみんな居る。だから、大丈夫だ
余談:夢について
夢は幻想の自分と幻想の環境をこしらえて、夢の状況にどう反応するか観察するだけでなく、その反応を受けて夢のなかの人物やできごとも変化させる。
(中略)それは脳にとって、覚醒中は思いもよらない連想を見つけだすうってつけの状況だ。
夢という不思議な世界を利用して過去を掘り起こし、不透明な未来に備えながら、自分と周囲の世界をより深く理解していく。
───アントニオ・ザドラ/ロバート・スティックゴールド 『夢を見るとき脳は 睡眠と夢の謎に迫る科学』
夢とはなにか。
この問いに多くの人が答えようとしたけれど、残念ながら明確な科学的な答えというのはまだ用意されていないそうな。
古くは神託や予言と捉えられたり、あるいは無意識の願望が現れたなどなど。
僕が読んだことのある本では「寝ている間に視野の脳領域を確保するため」なんて意見もあったり*2、科学者の間でも意見が分かれているらしい。
そんな中で、上記で引用した『夢を見るとき脳は』では興味深い説が唱えられていた。
筆者らが提唱するNEXTUP理論とは、起きている時に得た情報を分解し、弱い連想によってそれを繋げ直すというもの。その弱い連想こそが、起きた後で世界の新しい意味を気付かせる力となる。
すなわち、夢の役割とは世界を新しく捉え直すことだ。
著作内で語られたように、夢というものはまだ不完全な理解しかされておらず、NEXTUP理論も発展途上と言えるだろう。
ただ、もしこの理論が正しいのであれば。
舞亜がいたあの夢の目的は、舞亜が居なくなった現実に生きていくためだったのではないか。
……と、そんなことを考えてしまうのでした。
あるいは、生命体が夢を見る理由はこんなふうにまとめられるのかもしれません。
人は世界を見る前にまず夢を見なければならないのだ。
───シッダールタ・ムカジー 『細胞ー生命と医療の本質を探るー』
所感
いやぁ名作でしたねー!
今更ハピメアの話かよ、となるかもですが、まぁRE自体が23年発売だから全然最近…。
うん、2年前は最近ですね。
今回は「閉じた世界の幸福」が出来て結構満足。
京極御大の『魍魎の匣』で語られたように、やはり閉じた世界(彼岸の世界)は幸福でなければならないんですよ。個人が個人のために用意した世界ですからね。どんな瑕疵をつけようが、それを乗り越える論理を構築できてしまう。
ハピメアの感想で「夢は理想で思い通りに行くから幸福の位が低く、現実は思い通りにならないから幸福の位が高い」みたいな意見もありましたけど、それだって思い通りにならない夢を構築すればいいわけで。極論幸福というのは個人のもので個人にしか分からないのですから、やはり夢の世界に軍配が上がってしまう。
ただ、幸福になるために夢の世界に逃げた時に、失ってしまうものはキチンとあるわけで。
それを透は了承出来なかったし、有子にもそうあって欲しくなかったという彼のワガママが、この作品の骨子だと思いますよ。
今回は『不思議の国のアリス』オマージュが結構多く、結構そこら辺がツボに入りましたねー。特にRE追加シーンのラスト、舞亜が有栖を穴に突き落とすシーンは、アリスが夢の世界に入り込んだうさぎの穴と逆の構成で「やるじゃん」と呟いたり…。
ただ微妙に外すオマージュがなー。例えば咲とか景子をアリスのキャラモチーフにしてもいいと思ったし、逆になぜ弥生だけ赤の女王なのか…。そこらへんのチグハグ感が惜しかったですねー。作品として完成されているからこそ、そういったズレが目立ってしまいました。
ただ、大きな構成として、望んだ夢を見られる主人公と、不条理な夢のアリスをベースにした世界というのは対比がキレイで好みでした。
後はFDの舞亜END!!特にここはサイコーだったな…。
自分を愛して自分を望んでくれた嬉しさと、兄を夢の世界に縛り付けてしまった僅かな悲しみ。本当に舞亜は透のことを愛していたんですね。閉じた世界の幸福は、けれど確かに幸福なんですよ。
お気に入りキャラは咲、舞亜、有子。
俺もなー。夢の世界で舞亜とキャッキャウフフしたいよなー。
(終わり)