ブランド:ruf
企画:田中ロミオ
シナリオ:ユメミルクスリ製作委員会
夢見る世界に さよならしようか
目覚まし時計がなるよ もう起きよう
夢見る世界に さよならしようか
白く霞む空 砕けて壊れる
2005年発売のユメミルクスリ。10年以上経ってしまった今ではrufも潰れましたし、絵師であるはいむらきよたか先生もだいぶ有名になりました(主にとあ魔の影響で)。
でもこう、やっぱりこの作品の奥底にある「現実感のない現実」という矛盾した感覚は今でも通じると思います。というか、こういうのって通じる人には通じますし通じない人には通じないので時代とかあんま関係ないような気も。
そんな感じでユメミルクスリ批評。当然のことながらネタバレ注意で。
Case 1. 桐宮 弥津紀
これまで連続していた意識が、そこで途切れる……
眠りに落ちる瞬間、私はいつだって絶望と諦めを感じている
――桐宮 弥津紀
桐宮弥津紀は、未来を感じることのできない人だった。
断絶した意識は常に死と同じで、目を閉じた瞬間すらそれを感じ続けている。
彼女は”今”しか生きられない。未来の自分を想像することができない。
だから、今がより楽しくなるようにクスリに手を出した。
桐宮弥津紀の症状は誇張されているものの、刹那主義のそれと同じものだろう。今が楽しければいい、今が楽しければ明日どうなろうと知ったこっちゃない。人がクスリに手を出す理由の一つとして刹那的な快楽を得るためというのはあり得ると思う。(というかボクはそういう理由が一番共感できるのだけれど)
だけど、やっぱり我々にあるのは’今”だけじゃない。いや、’今”だけかもしれないけど、それは確かに未来へと続いていく’今’なのだ。だから、刹那的な快楽の代償は必ず払わなくてはならない。
その代償として、加賀見公平は体を壊した。
体を壊したと言っても二三日入院すれば治るようなものだったけれど、これは一種の予兆なのだろう。このまま刹那的な快楽を求めていけば、今回よりも重い事態になるという予兆。だから、意を決して加賀見は桐宮にクスリはやめるように言えた。そしてそれがわかったからこそ桐宮はクスリをやめると宣言できたのだ。
……こういうのも良いかな、って俺は思いますよ……
ささやかなことかも知れないけど、こういうのだって幸せなことなんだ、って
これまで桐宮先輩が追っかけてたみたいな、強烈な刺激とは違うかも知れない
でもこれだって、幸せだって思いませんか?
2人で、他愛ない軽口叩きながら、ちょっと美味しい物食べて―――
今のところ俺にできるのは、この程度のことくらい
でもこんな事くらいなら、いつだって先輩にしてあげられますから……
たとえ先輩が、全然先のことを感じられないとしても、俺は約束します
こういう小さな幸せ、先輩に贈りますって事
―――加賀見公平
この後、桐宮は子供を授かり、そしてその時から未来を感じることができるようになる。けれどそれは子供を授かったからじゃなくて、加賀見との約束がきちんとした形になって宿ったからからなんだろう。「楔」と呼ばれたそれは、どこかに行ってしまいそうな彼女を繋ぎ止めた彼の手に他ならない。
きっと、桐宮弥津紀には「重さ」がなかったのだ。
何かを愛する事、何かを大事にする事。それがなかった彼女は、ふわふわ漂う風船のようだった。
けれど、それを得た彼女は他の人と何ら変わらない母親になった。
未来を感じて、愛する人と共に眠る彼女の顔は、どこにでもあるような幸せを宿している。
ボクはそれこそが、本当の幸福だと思うのだ。
Case 2. 白木 あえか
わたしが好きでいるだけじゃ、たりない。
わたしが想っているだけだと、いつか公平くんが、いなくなっちゃうんじゃないか……って
だから、そんなことにならないように、わたしが公平くんを想うのとおんなじに、公平くんにも私のことを想ってほしい―――
そう考えたとき、わたし、ぞっとした。
なんてわたしって、自分勝手なんだろうって
――白木 あえか
一言で誤解を恐れず言えば、白木あえかは異常者だ。
人より心が綺麗で、人より少し抜けてるところがあって、人より自分の事を大事にせず、人より感情を少しだけ心の奥底にしまいこんでいることを異常と言うのなら、彼女は紛うことなき異常者だ。
そんな異常者を、気に入らないという理由でアントワネットは排斥した。
いや、排斥というより除去だろう。有り体に言えばイジメなのだが、しかし彼女がしてきた行為は立派な犯罪行為だ。
白木あえかは、自分がそうされるのならまだ我慢できた。だけど、大事な人がそういう目に合うのは許せなかった。
それは、加賀見公平も同じだった。
だけど彼らは不器用で、自分達の気持ちを確かめ合おうとしなかった。
辛いときこそ一人でいるべきじゃないのに、苦しいときほど誰かを頼るべきなのに。
公平……状況を打開する道ってのはな、自分で、自分の力で―――
自分の力で切り開けると思うなよ
自分だけでどうにかできるような状況なんざ、そもそもシビアとはいわんさ
自分を過信するな。
恋愛なんてな、自分一人だけでするもんじゃないんだから
開ける道があるかどうか、そんなこたぁキミ1人が決めることじゃない
――椿 弘文
このルートの主題としては「いじめ」に対する立ち向かい方で、結果的にアントワネットを殺しかけて白木と加賀見は自由になるわけだけど、別に殺そうとしなくても逃げれば同じような結果が得られると思うのだ。(むしろ、殺してしまった時のリスクを考えると逃げた方がいい)
加賀見と白木は学校の屋上でお互いの気持ちを曝け出して分かり合うわけだけど、彼らはこれを他の人ともやればよかったのだ。教師には伝えても駄目だったけど、例えば親とか、エロゲイとか。そういう人達と話し合って、然るべき逃げ道を用意してもらえばよかったのではないのだろうか。(もちろん、最終的にはそうしたのだろうけど、タイミング的な話で)
ボクも昔、いじめられていた時期があった。まぁ、加賀見君たちほど酷いものではなかったし、今思うとアレはそれこそ’いじり’の延長なのだけど、当時のボクはそう感じれなかった。死のうと考えたことは何度もあるし、死ぬくらいならイジメているやつを殺してしまおうとまで考えてた。
当時のボクは、最終的に親に相談したのだろう。昔のことだからかあまり覚えていないが、親が僕と一緒に担任の先生にいじめの話を切り出した事を、先生の心底面倒くさそうな顔がとても印象的だったせいか覚えている。
幸い、いじめっ子もそこまで悪いやつではなかったので、過剰な”いじり’というのはなくなったが、やっぱり今でも苦手意識というのはある。(もう交友はないけど)
よくわからない自分語りが入ってしまったが、そういった事を話すことは「逃げ」と言われるかもしれないけど、決して間違っていない、という事だ。
学校をやめてもいいし、休学しても良い。綾も言ってた通りネットで同じ趣味の友達を作るのもいいだろう。問題に対して立ち向かわないそれは「逃げ」と言われるかもしれないけど、死ぬくらいならどんな恥をかいたって逃げて良いのだ。
月並みな言葉だが、生きてれば良いことがあるのだから。
ありがとう、公平くん―――
わたしと、出会ってくれて―――
――白木あえか
彼女には、逃げ場がなかった。
家も、学校も、すべて彼女は我慢しなければいけない立場だった。
だけど加賀見公平は、彼女の逃げ場になって、そして彼女と一緒に歩くことを選んだ。
だから彼女は屋上から飛ぶことはなかったし(あれは彼女の最後の「逃げ」なのだ)、バイトをして自分の居場所をちゃんと作れている。
そんな彼女の笑顔を見て、ボクは本当に良かったなぁとボロ泣きするのでありました。
Case 3. ケットシー・ねこ子
さよなら。妖精郷
――ケットシー・ねこ子
彼女は何か問題があるわけじゃない。未来を感じられないわけでも、ひどいいじめを受けているわけでも、家族から排他されているわけでもない。
ただ、ただ日常が透明だった。
だから、その日常に色を付けたかった。
その色が、妖精郷を探す「ケットシー・ねこ子」だったのだ。
佐倉井宏子と加賀見公平はとても似ている。
家族と(一方的に)壁を作って、特に親しい友人もいない。問題はないけど、これと言って楽しい事もない。ただただ、決められたことに従って進んでいく感覚。まるで電車に乗せられているように、自分の意志とは無関係に物事や時間が進んでいく。
それが嫌だったから、佐倉井宏子はケットシー・ねこ子となり、加賀見公平はケットシー・ねこ子に付いていった。
ケットシー・ねこ子が連れて行ってくれる世界はとても楽しかった。はちゃめちゃで、何言ってるかわからないけどいっつも元気な彼女。無鉄砲で、感情表現が豊かで、あるはずのない妖精郷を探す、まるで物語の中のようなそれは、麻薬のような非日常に満ちていた。
「ここではないどこか」へ行きたかった。
「自分ではない誰か」になりたかった。
どこかの誰かになれますように
…妖精郷とは、「居場所」の隠喩だ。
それは加賀見公平の言う「色」と一緒だが、それがない佐倉井宏子も加賀見公平もそれを探し求めてついには麻薬(ここではないどこか)に手を出してしまった。
だけど、麻薬がいつか切れる様に、非日常も日常へと凋落していく。
麻薬の副作用、それは現実の痛みだ。妖精郷は、本当はそんなところにはないのだ。
公平にとっての妖精郷は「何処か」ではなく、自分を本気で怒ってくれた家族と、的確なアドバイスで自分の事を考えてくれた椿さんがいて、そして自分の好きな女の子がいる「此処」だった。それになんとなく気付いた公平は、自分の好きな女の子が同じように居場所を感じれてないことに気付く。
今、ねこ子ちゃんを見ているのは俺だけだった。
俺が見ていてあげないと、彼女はこのまま透明になって空気に溶け込んで、消えてしまいそうで。
――加賀見公平
色がつき始めた公平は、麻薬を使いねこ子と一緒に妖精郷の姿を見る。
「妖精郷に行かないの?探そうって誘ったのは公平だろ?」
「……うん。そうなんだけどね」
「だけど?」
「だけど、俺は、まだ、地上にいなきゃいけないんだ」
ねこ子ちゃんが、何か言いたいのかと聞きたそうな顔で俺の顔を見た。
「俺、優等生の部類に入るし、義理だけど俺の家族とはそこそこ上手くいってる。だけど、俺の中には何もないってのはわかっていた。
そんな時、ねこ子ちゃんに出会った。俺、ねこ子ちゃんが羨ましかった。自分が探さなきゃいけないものを知っているねこ子ちゃんが」
「うん!妖精郷に来れば、空っぽのねこ子たちの心もいっぱいになるんだよ!オズの魔法使いみたいに!」
「だけど、俺、妖精郷に行くための努力を、全然してなかつた。ねこ子ちゃんの後をついていくだけだった。
だから、俺も探そうと思う。俺の妖精郷を。それがねこ子ちゃんの妖精郷と同じかはわからないけれど……」
「……そっか」
ねこ子ちゃんはちょっと笑って、木から下りてきた。
「さよなら。妖精郷」
――ねこ子、公平
公平にとっての妖精郷が「何処か」ではないように、ねこ子の妖精郷もまた「何処か」ではなかった。彼女にとっての妖精郷とは、破天荒な自分に最後までついてきてくれて、いつだって自分のことを見てくれた公平だったのだ。
「それに、あたしにとっての……本当の妖精郷は、もう……見つかったから……」
「本当の、妖精郷……?」
「うん……あたしの……本当の……妖精郷は……
加賀見くんだって、気づいたの……加賀見くんが……いないなら、それは……妖精郷じゃ……ない、から……」
――ねこ子、公平
妖精郷へ、ようこそ――――――
――ねこ子
半年後、少し大人びた彼女は言った。
恥ずかしそうに顔を赤らめて、それでも精一杯、今いる日常こそが「妖精郷」なのだと。
胸を張って、花火に負けないほどの笑顔で彼女はそう言ったのだ。
雑感
ミドルプライスなのに結構詰め込まれた作品、というか内容がないようなのでフルプライスだと(プレイヤーの心が)辛いのでしょう。そういう意味ではミドルプライスで良かったと思います。
多分文量的にはそんなにないはずなんですが、ボクはユメミルクスリを4ヶ月かかってクリアしてるのでなんとも言えません。Twitterとか10月くらいに感想載せてましたしね…。
加賀見公平くんってなんとなく共感できる部分が多くて、主人公らしい主人公というよりは僕らを無理やり主人公の形にしたような印象を受けました。エロゲにハマるしな。
でもこう、なんというか、そんな等身大のキャラだからこそ、物語の後半になるにつれて感情移入しすぎて、ねこ子ルートの最後とかは「幸せになってくれてありがとう…」とか言いながら泣いてました。あえかルートや弥津紀ルートでも言ってますけど。
一番好きなのはねこ子。ルートもねこ子が一番好き。
あの無鉄砲な感じで「こーへー!!」って叫ばれるの癖になりますよねぇ。
今いる世界に さよならしようか
出口はあちらと笑う ウサギの目
今いる世界に さよならしようか
踏み出す足先 色づき満ちていく
ユメミルクスリのOPですけど、これは自殺の歌じゃなくて、透明な世界にサヨナラする彼らの歌なんだと思うんですよ。
もちろん、途中までは麻薬に侵されているんですけど、目覚まし時計が鳴って夢が覚める。主人公がシスターにぶん殴られるように、現実へと強制的に引き戻される。一番で此処ではないどこかを目指して、最後のサビで現実世界に帰ってくるって考えられないですかね?
とゆーか、やっぱりユメミルクスリって「ねこ子」のためのゲームなんだろうなぁ…
(終わり)