古明堂

『こめいどう』と読みます。主にエロゲの批評などをしております。

紙の上の魔法使い 感想 ─ラピスラズリの輝きに─ (2778文字)

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「現実に救いはなく、空想に幸福があって───夜子はもう、空想でしか生きられない」

魔法使いの言うとおり。

あたしの現実は、もう終わってしまっているのだから。

「さあ筆を執ろう。夜子のための物語を、夜子自身が描きなさい」

 

ブランド:ウグイスカグラ

シナリオ:ルクル

公式サイト:紙の上の魔法使い

 

ウグイスカグラ処女作。自分のプレイ順としてはイストリア⇒パラレロ⇒かみまほ、という感じですね。ぶっちゃけていえば、この順番がおススメというか…。正直かみまほを一発目におススメは出来ないかなぁ。文章のクセとテーマのクセと描き方のクセが凄いので、パラレロかイストリアをやって慣れるのがよいのではないでしょうか。

つーかよくこのテーマで処女作出したな…。いや、同人時代も似たような作品を出しているそうなんで(プレイできてないんですけど)、そこらへんも酌んで作ったんでしょうか。分かりませんが。

 

そんな紙の上の魔法使いは、嘘が得意な少年と他者を排撃する少女によって語られます。

空想の幸福と、現実の苦しみ。はたして、そのどちらを選ぶべきかは、一体どんな本に描かれているのでしょうか。

 

ひとは退屈な嘘をつく

政治について、神について、愛について。

きみは、ある人物のすべてを知るための質問を知っているね。

あなたの一番好きな本はなんですか?

───ガブリエル・ゼヴィン 『書店主フィクリーのものがたり』

 

以下感想。ネタバレ注意で。

 ロミオの毒、ウェルテルの弾丸

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───好きという感情が、本当に、怖かったの

 

人は誰かに恋をする。

きっと、きっかけなんて些細なもので、劇的でもなければ面白くもない。けれど人は、不可抗力のまま誰かに恋するし、それを昔の人は”落ちる”なんて形容した。

そんなありふれた出来事なのに、古今東西の物語は恋を題材にする。かつてロミオは毒を飲み、ウェルテルは撃鉄を起こした。

叶わないなら死を選ぶほどの激しい激情。身を焦がす想いの源泉は、宝石のような輝きを放つ。

 

その輝きに夜子は囚われた。

最後の最後にようやく気付いた想いだけど、それは紛れもなく初恋だった。

しかしかつての主人公達のように、その恋が叶うことはなかった。ゆえに魔法の本を巡る悲劇は起きる。恋に破れた彼らの行き先は、いつだって一つなのだから。

 

だが、それが例え悲恋だとしても、終わりは迎えなくてはならない。

それは痛みを伴うもの。それは辛くて苦しいもの。残酷で理不尽で泣きそうになって、それでも恋物語は閉じられるべきなのだ。

はっきりと、振られてしまってください。完膚なきまでに、敗北してください。それでこそ、意味がある

───妃

恋を終わらせないことは、恋から目を背け続けることは、現実から逃げるのと同義だ。

不可抗力に”落ちて”しまうそれは、自分では制御できないからこそ人の一番奥底にある感情だから。空想でどれだけ着飾っても、その本質は決して褒められる想いじゃない。

恋愛なんて、そういうものなのですよ。利己的で、憎々しくて、黒々しくて、本当にどうしようもないものなのです。そのことを、あなたは理解するべきです

───妃

 

だけど、だからこそ

「残酷で、恐ろしいものだからこそ」

「その中で煌く何かが愛おしくて、人は恋することを忘れないのです」

煌く何か。

愛おしい、感情。

「辛くて、厳しくて、恐ろしいからこそ───それを乗り越えた先に、真の幸せがあるのです」

───妃

 

ぼくたちは誰かに恋をする。

痛みも辛さも苦しみも悲しみも嫉妬も、そのすべてを掻き消すほどの煌きに囚われて。

この現実で、ぼくたちはいくつもの宝石の輝きに目を奪われる。

恋に破れて、恋を失って、それでもいつか新たな輝きから目を離せなくなるだろう。

願わくば、そんなキミが痛みの先で笑顔を浮かべられますように。

こうして少女は、大人になっていくのですね

───妃

 

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 さぁ───キミと本との恋をしよう。

 

 所感

もう僕も長らく恋をしていないというか。いえ、年齢=彼女いない歴なので、この年まで叶わぬ輝きに目を奪われ続けた、と言えば少しはカッコつくのでしょうか。いやつかないな。無理だな。

しかしそんな僕も少しずつ現実のことが分かってきたようで。どうやらこの世界は画面から女の子は出てこないし、自分のことを何でもわかる幼馴染はいないし、一人称が「お姉ちゃん」な姉キャラもいないらしいです。*1

そんな残酷な世界は、もちろん運命の人なんてなくて、出会いを求めてサイトに登録したり、同時に二人の女性にアプローチするのが普通なんだとか。地獄かよ。

それでも、僕は現実に生きる彼らを本当に尊敬しているし、僕もこう…頑張ろうとは…しています…。はい…頑張ろうという気持ちは…。

 

本作はそういう意味でも僕にささった作品で、空想の世界にしかない幸福はあるかもしれないけど、同時に現実の世界にしかない幸福もあるよね、ってお話でした。 痛みを伴う幸せは、けれど確かに幸せなんだよ。多分ね。

その幸福を信じられないまま、恋というモノに見切りをつけて身体障害者となったクーンの晩年*2はとても孤独だったと僕は思います。

 

そしてネットの感想を拾ってるとなにやら「エロゲーマーに対する皮肉」だとかなんとか、という意見も。

正直この意見に対して、僕は否定はしません。そもそも、魔法の本が脚本通りにキャラを動かしてしまうものですし、それは都合の良い物語を押し付けてるというのも納得は出来ます。*3

けど、魔法の本のそのほとんどは「恋物語」でした。それがキャラ達に抗えない恋をさせるというのであれば、それこそ『恋』というモノが持つ輝きに他ならないからでしょう。実際、瑠璃は恋を思い出して魔法の本の支配から抜け出しましたし。

というかメタっぽい批評はあんまり好きじゃないので、僕の「かみまほ批評」は「恋物語」というアンサーですね。

 

お気に入りキャラはかなた。

結局のところ、僕は花澤さくら氏が好きなのでは。……なるほど、これが恋か。

 

 

 

ぼくたちはひとりぼっちではないことを知るために読むんだ。

ぼくたちはひとりぼっちだから読むんだ。

ぼくたちは読む、そしてぼくたちはひとりぼっちではない。

ぼくたちはひとりぼっちではないんだよ。

───ガブリエル・ゼヴィン 『書店主フィクリーのものがたり』*4

 

(終わり)

*1:しかし専属のメイドはいるのでした。忘れるな、イメージするのは常に最強のメイドだ。

*2:ヘルマン・ヘッセ春の嵐』より

*3:今更ですが、本当にこの設定怖いですよね…。エロゲーでそんな設定出したら誰かしら止めるでしょ普通…。

*4:エピグラフに注釈をつけるのもなんですが、特にお気に入りの本なので。フィクリーのお話は「本と他人、そして愛」というテーマなのですが、そういう観点から紙の上の魔法使いを見ることもできると思います。機会があればぜひ読んでみて下さいね。