ここにいるすべての人のために

ノベルゲー・思想・小説なんでもござれ。思ったことをつらつら書いていきます。

7月9日:『この大空に翼を広げて』『戦国†恋姫X』など

なんかブログに投稿すること自体が久しぶりですが生きております。お久しぶりです。

なんとゆーか、ここ3,4ヶ月ほんとに忙しくて、マトモにプレイ出来る作品が全然ありませんでした。「あきゆめくくる」をプレイしている辺りから忙しさに追いつかれた感じはありますね…。かといってこれから暇になるかと言うとそうでもない。普通に大変だ…。

というわけでストックもなかったんですけど、ようやく日記に書ける程度にはたまりました。まぁその分積みゲーもたまったんですけど。

 

そんな感じで今回の日記。

『この大空に翼を広げて』と『戦国†恋姫X』、あと『ノラと皇女と野良猫ハート』のネタバレ注意で。

 

 この大空に翼を広げて

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当たり前のようにあるものは、いつか当たり前じゃなくなって、やがて振り返ることしか出来なくなる

黄金の時間は、二度と戻らない

 

 

いつかの昔、人が未だ科学を知らなかった時代。人類にとって空を飛ぶことは、不可能と夢の代名詞だった。

なぜ、空を飛びたいのか。いや、人が空を飛びたいと思うことに理由は必要ないのか。その答えを僕は知らないけど、空を飛ぶために沢山の人が努力し、最悪命まで落としていった。

遂にはライト兄弟が人類初の有人飛行に成功したけど、その下には多くの人の歩みがある。ライト兄弟の飛行は、決して彼らだけでは成し得なかった成功だ。空を飛びたいという願いが途切れず紡がれ続けてきたからこそ、人類は空を飛ぶことができたのだ。

不可能と夢の代名詞は、遥な人々の歩みによって、いつしか当り前の常識となった。

だから空を飛ぶことは、見果てぬ夢のためにすべてを懸けた人々の歩みの象徴なのだ。

 

 

今作でも、「空を飛ぶ」事が成せたのは人々の「歩み」があったからだ。

天音が諦めずソアリング部を続けていたのも、小鳥が来る契機となったイスカのノートも、そして本編では描写されていないソワリング部の部員も、すべてがあって碧達は空を飛ぶことができた。それだけじゃない、失敗して天音が去った後で、風戸姉妹が来たのも彼らが諦めず部活を続けていたからなのだ。

何一つ欠けても、きっと雲の回廊は渡れなかった。

 

 

小鳥ルートのラスト。碧は車に乗った小鳥を追いかけるために、やめてしまった自転車に乗る。

彼にとって自転車とは挫折の象徴だった。あれだけ情熱をかけていたものが、たったひとつの怪我によって諦めざる負えなかった。

……それでも、きっとそれがなかったら小鳥を追いかけられてなかった。小鳥に寄り添うことも出来なかった。小鳥と一緒に空を目指すこともなかっただろう。

あの時の失敗があって、あの時の挫折があって、あの時の痛みがあって、そうして彼は大切な人に追いつけるのだ。無駄なことなんてない。必要なかったことなんてない。「空を飛ぶ」ことに何一つ欠けていいものがなかったように、小鳥を笑顔にするのに何一つ欠けていいものなんてなかったのだ。

 

 

「この大空に翼を広げて」は青春の物語だ。

自分のすべてを懸けてもいいと思えたものの出会い。自分のすべてを犠牲にしても得たいと思えたものの出会い。

青春とはきっと、そうした全力を尽くすための、そしていつか振り返って笑い合える黄金の時間なのだ。

 

 

 

お気に入りルートは小鳥。だけどお気に入りキャラは風戸姉妹。僕はこういう「じゃあ3人で付き合っちゃいましょう」みたいなルート好きです。いいじゃんフィクションなんだから、誰かが泣くくらいならみんな幸せになったほうが。みたいなクズ理論です。

というか今作は、総合的にPULLTOPの空気に合ってた作品だと思います。DMMの方でPULLTOPセットみたいなの買ったんですけど、この会社全体的に優しい雰囲気っていうか、自然と居心地がいい空気を創り出せるんですよね。

だから、「空を飛ぶ」っていう夢に対して、作中の登場人物が(ほぼ)全員協力して大なり小なり向かっていく。自然な温かさと、燃えるような情熱。ここらへんの塩梅がうまく効いてて、ゲームとしてはわりと奇蹟の部類だと思います。

 

戦国†恋姫X

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この手で何を掴もう?
ねぇ、届かないものなどないの

 

 

Basesonはそろそろ誰かに謝ったほうがいいというか、なんかうわーこいつらまたバカやってるよー、みたいにめちゃくちゃ好感持てるブランドですね。

恋姫†無双は三国それぞれのルートがあったから、各陣営10人位で(それでも多いけど)済んでいたけど、今回は一本道だったからかやっぱり描写足りねぇなぁと思うキャラは何人かいた。「え、お前惚れてたの!?いつのまに!?」みたいなのは何回か合ったんだけど、まぁキャラの多さと一本道っていう仕様上しょうがないかなぁ、とも。でもお前ら荀彧さん見習え。あの人10年近くデレなかったんだぞ。それがなんだお前らは根性が足りん。(誰だ)

 

ところどころFateだったりペルソナだったりが垣間見えるけど、個人的に御家流は割と気に入ってる設定だったり。結局かっこよければいいよ。いやマジで。

 

一番盛り上がったのは金ヶ崎の退き口辺りかなぁ。どうしようもない絶望感と、それに小さくも抗い続けていく主人公たちが本当に良かった。逆に言えばそこからの盛り上がりがなぁ。ちょっと主人公勢強くなりすぎてたし、緊張感がなかった…。北条以降は、主人公勢のメンツを決めておいて、そのなかで抗っていくってスタイルにしてほしいなぁ。金ヶ崎の退き口が良すぎたせいで、ただのキャラゲーとして見れんし。

 

でも恋姫無双のキャラが名前だけでも出たので百点です。こーゆーのにほんと弱い。

 

お気に入りキャラは、雛、詩乃、幽、小波、ウサさん、久遠…

うーん、自分の好みがはっきりし過ぎでは…

 

ノラと皇女と野良猫ハート 再読

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だから、死んだ人のために、何かするっていうよりは

大変かもしれないけど、がんばって生きた方がいい

もし、例え、野良犬でも

お前たちは、仲間がいるみたいだし。毛色も、種類も、柄も違うけど、仲いいんだろ

 

アニメ化するってことで、一年ぶりくらいにやってみるかと思って起動したけど、予想以上にところどころ忘れてて驚いた。というか、前に感想載せたけど、アレだとなんか足りない部分があるというか、一番大事なことをちゃんと言ってないなって思ったので今更ながらもう一回ちゃんと書いとこうと思う。

 

世の中の家における母親ってのは、まぁ時と場合にもよるけど、大体ウザい。

僕はもういい大人だし、流石に露骨な態度は取らないけど、昔はよくわりと些細なことで喧嘩していた。それでもまぁ多分普通に家族仲は良いほうだし、友人の話とくらべてもまぁ可愛い方なのだと思う。

母親の事を、そして家族のことをうっとおしいと思ってしまうのはきっと誰でもあることだ。どんなに理想的な家族でも、喧嘩はするし、反抗したくなるときもある。母親だって完全じゃないから、それがいけないと解っていても、娘に理想を押し付けたり、ついつい朝ごはんを菓子パンで済ましてしまうことだってある。

 

そんな、完全に成りたいと思っていても完全になれない家庭はいくつもあると思う。

子供を愛してないとか、育児放棄とか、そんな極端な話ではなく*1、当り前のよくある家庭の話だ。

そんな愛があるとわかっているから、ノラは「受け入れるんだ」という。だってそれは僕らのことを考えてくれているんだから。ちゃんと自分の意見も言って、それでも相手は自分のことを考えてくれてるんだから。

だから、家が嫌いだからって家を出たって、きっとまた、どこか嫌いになりますよ

――明日原ユウキ 

それがわからないんだったら、きっとどこへいったって同じだ。母親からの愛を受け入れられないのなら、誰の愛も受け入れられないのだ。

 

そしてそれは母親だけじゃない。ノラの仲間たちも同じようにちゃんと思い合っている。彼らは様々な理由で人々に排斥された『野良猫』達だけど、仲間達がいてバカな話ができるんなら、シリアスな話も笑いあって楽しく解決できる。誰かが道を違えそうになったら止めるし、ムカつくことがあったら殴りに行くし、幸せになったならちゃんと祝ってやる。

「ノラとと」は、孤独な『野良猫』達が、自分らしさを失わないまま愛を得て笑い合うそんな美しい一つの伝説なのだ。

 

 

やっぱり再プレイすると色々見えてくるものがあって、正直ノラととがここまで作り込まれているとは思いませんでした。なんというか、ライターのクセと作品のテーマが一致している作品はやっぱり強いですね。恋愛皇帝?アレはアレで名作ですよ。いやマジで。

*1:もしそういう方がいらっしゃったらごめんなさい。でも、全体としてはそういうのってすごい少ないと思うのだ。思いたいのだ。