ここにいるすべての人のために

ノベルゲー・思想・小説なんでもござれ。思ったことをつらつら書いていきます。

Fate/Grand Order 感想 ―人はいつまでも歩み続ける― (3575文字)

f:id:Koyayoi:20161227003447j:plain

ブランド:TYPE-MOON

シナリオ:奈須きのこ(メイン) 

公式サイト:Fate/Grand Order

 

ボクらは意味の為に生きるんじゃない。

生きた事に、意味を見いだす為に生きているんだ。

 

先日、FGOのシナリオをクリアしました。

スマホゲームでシナリオをしっかり作ってるゲームって結構珍しくて、そういう点で言えばFGOは異色のゲームといえるでしょうね。シナリオ自体は結構王道なのですけど。

スマホゲームという形で、敷居が低いこともあってか多くの人が「Fate」の魅力を、ひいては奈須きのこの魅力に感動してくれました。空の境界からの型月ファンとしてはこれ以上の喜びはないですね。来年もまた、新たなFGOに触れていけると思うと感動です。(てゆーか一ファンとしてはきのこの文章が定期的に供給されるってだけで神ゲーなんですが)

 

というわけでFGOの感想、あとFate/stay night(以下Fate)から見たFGOのテーマとかなんとか。基本的にネタバレなので、まだの人は、今すぐ、両方、やりましょう。

 

 

 歩み

人は、儚い生き物だと思う。

人という種が生まれて、他の種のように自然に順応するのではなく、共存・征服することで世界を開拓してきたけど、それでも、一人一人という個で見た時、その生はあまりにも短く儚い。かの英霊と呼ばれた者たちですら、何かに敗れ、何かを得られず、何かを失い死んでいった。

例え何かを残して死んだとしても、それは風化しいずれ消え去ってしまうだろう。遠い目で見れば人類は消え去り、僕らが生きた証はすべて無くなってしまうだろう。

ならば、人は、いや、限りある存在というものは全てが儚く、意味のないものなのではないだろうか。

 

FGOのシナリオのラスボスであるゲーティアはこれに耐えられなかった。

 

儚いモノが散っていく時、そこには悲しみが生まれる。その悲しみが理解できるからこそ、ゲーティアは耐えられなかった。誰かに望まれた装置であるソロモンは何も理解できなかったけど(理解しようとすらできなかったけど)、ゲーティアはそれを「悲しいもの」だとわかってしまった。

限りあるから悲しみが生まれる。なら、限りをなくせばいい。限りないもの、永遠になればいい。

 

ゲーティアは多分、人の「歩み」に意味を見出せなかったのではないかと、僕は思う。

人は歩んでいく。短命だろうが、欠陥を抱えていようが、それが誰かに否定されようが、それでも人は自分の人生を歩み続けていく。

「歩み」とは生きる事だ。「歩み」とは生きた事だ。そして、「歩み」とは死という形をもって終止符を打たれるものだ。

砂の上にできた足跡は、いずれ風に吹かれ消えていくだろう。後ろを振り返らず、ただ走り続けたある男は、その果てでかつての己を呪った。

そうだ、誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れた!
故に、自身からこぼれおちた気持ちなどない。これを偽善と言わずなんという!
この身は誰かの為にならなければならないと、強迫観念につき動かされてきた。
それが苦痛だと思う事も、破綻していると気付く間もなく、ただ走り続けた!
だが所詮は偽物だ。そんな偽善では何も救えない。
否、もとより、何を救うべきかも定まらない―――!

―――アーチャー (Fate/stay night

 そんな彼は、心象風景を投影する呪文の最後でこう叫ぶ。

故に、生涯に意味はなく。<Yet, those hands will never hold anything.>
その体は、きっと剣で出来ていた。<So as I pray, unlimited blade works.>

ゲーティアとかつてのエミヤは一緒だ。誰かが(己が)残した足跡に意味を見出だせなかった者達。エミヤは過去の自分を殺すことでこれを証明しようとしたけど、ゲーティアは永遠の中で人々が幸せになることを夢見た。

―――その足跡に意味は無いと、そう彼らは断じたのだ。

 

砂の上の足跡

いずれ消え去る足跡。いずれ終わる「歩み」。

そうしたものを見せつけられながらも、歩み続けようとしたのが主人公であり、マシュだ。

なるほど、たしかにいずれこの歩みは無意味になるだろう。すべては消え去り、何も残せないのは純然たる事実だ。

だけど、「今」はまだ無意味なんかじゃない。

確かに、死が約束されている以上、生存は無意味です。

わたしは貴方の主張を否定する事はできません。

……でも。

人生は、生きているうちに価値の出るものではないのです。

死のない世界。

終わりのない世界には悲しみもないのでしょう。

でも、それは違うのです。

永遠に生きられるとしても、わたしは永遠なんて欲しくない。

私が見ている世界は、今は、ここにあるのです。

……たとえ、わたしの命が、

瞬きの後に終わるとしても。

それでもわたしは、一秒でも長く、

この未来を視ていたいのです。

―――マシュ=キリエライト (Fate/Grand Order

たとえそれが幻想だとしても、生きて駆け抜けていくのが人の歩みだ。

今までを繋ぐ過去の果てに、今いる我々の「生きたい」という歩みが在る。

だから、「今」を守るための戦いに「今まで」紡いできた縁を辿って「かつて」の英霊達はここに集った。それは、足跡は無意味なんかじゃないと叫ぶために。英雄であれ、反英雄であれ、怪物であれ、今に至るために要らないものなんか何一つないのだと叫ぶために。

―――その道が。今までの自分が、間違ってなかったって信じている
聖杯なんて要らない。俺は―――置き去りにしてきた物の為にも、自分を曲げる事なんて、出来ない

―――衛宮士郎 (Fate/stay night

 

 

運命

生きる上で、悲しみというのは当然ある。

大切な人が死ぬ悲劇。何者にも認められない絶望。あるいは「この世すべての悪」。

それは生きていく上で避けられないことだ。我々はどうしたってそれから逃れることが出来ない。

 

ゲーティアはこれが許せなかった。だから、悲しみのない世界を作ろうとした。

でもきっと、悲しみがないのなら、きっと喜びもない。

終わりのない生なんて、それこそ路端の石ころと変わらない。ただ在るだけ、ただ居るだけの存在…。それは果たして生きてるといえるのだろうか。

 

たった一瞬でも、喜びが胸に灯る瞬間が在るはずだ。

たった一瞬でも、美しさに目を奪われる瞬間が在るはずだ。

それは、マシュ=キリエライトが死の間際に人の温かみを知ったように。

それは、衛宮士郎が月の下でセイバーと出会った時のように。

昔、ある出会いがあった。
おそらくは、一秒すらなかった光景。
されど。
その姿ならば、たとえ地獄に落ちようとも、鮮明に思い返すことができるだろう。

―――衛宮士郎 (Fate/stay night

それが生きる意味となるのかは、未だわからない。

だけど、生きていく事が悲しみだけでは決してないのだ。

悲しみは喜びとともに。憎しみは愛とともに。それは不可分の存在。人類悪は人類愛とも呼べる。何もかも、人は失ってはならないのだ。

……バゼット、世界は続いている。
瀕死寸前であろうが断末魔にのたうちまわろうが、今もこうして生きている。
それを―――希望がないと、おまえは笑うのか

―――アンリマユ (Fate/hollow ataraxia

 

神様からみたら、きっとそれは無価値で無意味な物語。

されど、それを必死に生き足掻くのが我々で、その足跡はきっと「貴方のための物語」なのだ。

―――我が怨敵。我が憎悪。我が運命よ。

どうか見届けてほしい。

この僅かな時間が、私に与えられた物語。

この僅かな、されど、あまりにも愛おしい時間が、

ゲーティアと名乗ったものに与えられた、本当の人生だ。

―――ゲーティア (Fate/Grand Order

 

Fateシリーズ。それはきっと奈須きのこによる「運命(生きる意味)」の物語なのだろう。

 

 

感想

FGOの話をしようとしたらFate全体の話になってしまいましたね。テヘリ。

てゆーかシナリオに関して言えば、6章あったりからガラッとクオリティが変わって(勿論5章前も相当クオリティ高いです)、僕なんか「アレ、これもうノベルゲーだーっ!!」って興奮してました。シナリオのために林檎を齧る…わかるとも!みたいな。

我がカルデアではサービス開始時から一緒に駆け抜けてきたジャンヌがついに絆10になったので、おっしゃあルーラーでタコ殴りじゃあ!と思ってたら相性が良いサーヴァントで殴った方が早いってことに気付いてわりと途中まで倉庫番してました。聖女かわいそう。(最終決戦には連れてったけどネ)

 

もうそろそろ年始だけど、何かイベントあるのかなぁ。楽しみ半分不安半分って感じだけど、みんなで楽しみましょうね。僕はエドモンが来たら全力で回すのでみんなも回そうね。

 

(終わり)