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ここにいるすべての人のために

ノベルゲー・思想・小説なんでもござれ。思ったことをつらつら書いていきます。

百花繚乱エリクシル 感想 ―What is everybody's happiness?― (3267文字)

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ブランド:AXL

シナリオ:長谷川藍

公式サイト:百花繚乱エリクシル

 

――君が、君の隣人が幸せじゃないのに、国が幸せになることって本当にあるの?

 

僕は最初このゲームを知った時、なんかこう和の国わっしょい物語みたいなものだと(なぜか)思ったのだけど、実際は中世風異世界ファンタジー村おこしゲーだったわけだ。むしろ和の要素なんて全然ない。どこから出てきたんだと至極疑問だがその話は置いといて。

 

リクシルのキャラは、というより世界はとても優しい。まぁ、昨今の所謂「萌えキャラゲー」というやつだな。ゆずソフトとかもそうなんだけど、もうとりあえずキャラと優し世界観に癒やされて下さい、みたいな。シナリオはキャラや世界を楽しむスパイス程度だ。だからこそ、こういうゲームはキャラへの好感度がほとんどそのままゲームへの好感度になる。たまに良く「量産萌えゲー」みたいな言葉を見るけど、萌えられるんだったら量産だっていいわけだな。量産がいけないなんて道理はないし、むしろ危惧すべきは量産品にすらなれず、ただの粗悪品になってしまうことだ。(某CMを思い出しますね)

で、その点においてエリクシルは際立ったキャラの良さはないものの、全体的な(ヒロイン以外も含んでの)キャラは高水準に良かった、というのが感想だ。個人的に友人枠(?)の男二人は結構好きだし、トリロバ卿とかの立絵がないキャラも面白かった。

だけど正直、このゲームで一番評価しているのはOPなんだよな…。

Flower!めちゃくちゃ良曲だ…。

 

そんな感じで、以下感想(批評〉。

ガンナイトガールの記事みたいに批評空間の一言コメントくらいで。

(以下ネタバレ注意)

 

 

全体的な感想

 

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まぁ、うん。あんまり言うことも少ない。

とりあえず作品のコンセプトから。

 

主人公はとても堅物で鈍感だ。これはプレイした人間なら誰だってわかってくれるだろう。こういう態度はテンプレラノベの如くヒロインの積極性を駆り立ててくれる。ああ、いいなぁ、僕も女の子に迫られてぇ…。

まぁ、主人公のそれをキャラ付けの一環だとみなすことも出来るのだけど、作品のコンセプトを考えるとまた違ったモノが見えてくる。

主人公が武器とするのはソロバンだ。それは地方経済を正しい収め方と利回りをもって豊かにし、結果的に国の繁栄に繋げるには必須といえるものだろう。つまり、ソロバンとは「論理」なわけだ。計算、情報からの推測、計画、見込み…。ありとあらゆるモノを盤上の上に置き、結果的に得をするようにつなげていく。貴族層の腐敗はそれを衰退させていく。そういうことを含んで主人公は「論理」的に腐敗に厳しい。どこまでもまっすぐに、堅物のままに、腐敗と不正とを断っていく。

いやまぁ、正しい。だけど、その正しさは正しすぎる。

例えば最初に不正を摘発したのはトリロバ卿とかだったわけだけど、もっとエグい人だったら普通に殺されてますよ。比較的に良い人だったから左遷くらいで済んだわけですけど…

 

その主人公と、幼なじみのアンが向かった先、それがミルトス領だ。

ミルトス領は物々交換が基本で、金銭のやり取りは一部でしか行われていない。

さらに、若い人出が外に向かう中、農作物もだんだん困窮していく。いやもう、これはいつ誰が死んでもおかしくない。そんな危機しか無い領のなかで、村人たちはなんとかなると思っている。今までがなんとかなったのだから、これからもなんとかなるのだと…

論理を持つ主人公やアンからそれは異常だけど、村人はそう思ってしまっている。そこには、論理がないからだ。じゃあ何が在る?そう、それは主人公が殆どない「感情」だ。感情と言っても、人の暖かさとか思いやりとかそういうものだ。そういうモノを主人公は最初に持っていないからこそ、村人たちへと閉口するわけだな。

 

でもその主人公が村人たちやヒロイン達とふれあう中で、思いが芽生えていく。主人公が朴念仁だったのは人の「感情」があまり理解できなかったからだ。だから、感情を芽生えさせた主人公は共通ルートの終わりでヒロインの誰かに恋心を持つわけだ。恋心なんてものは、論理では説明できない感情の最たるものだろう。

だからこそ、主人公は多くのルートで変わったと言われるようになるわけだ。感情を知って、多くの気遣いができるようになったからこそ、態度が違うようになったわけだ。

 

で、この「感情」と「論理」を持った主人公はやがて英雄と呼ばれるようになる。その過程は様々だけど、ノーマルエンド以外では主人公は国の繁栄に尽くしたといえるだろう。

つまり、国を繁栄させること、「みんなを幸せにすること」はこの二つがあってようやく成り立つものなのだ。つまりそれは「みんなを幸せにしたいという善なる『感情』」と「正しく公明正大な『論理』」だ。ノーマルエンドでは誰かを幸せにするという感情が足りていなかった。だからこそ、主人公が英雄になるという描写がなかったわけだ。(もちろん、この後訪れる領地でそれを実感する時が来るかもしれないが)

だから、この副題『What is everybody's happiness?』に対する答えは「論理」と「感情」だ。(このWhat is everybody's happiness?ってのはOPで使われていた奴で僕が思いついたものではありません。あしからず)

 

というのが一応の作品のコンセプトだ。コンセプトだからな!

僕が足りないと思ったのは、ここの描き方だ。なんというかこう、ご都合主義的すぎて最終的には緊張感がなくなってしまうんだな。もちろん、ご都合主義なのが悪いことではない。ご都合主義がダメなんて言うのは、独身の会社員が夜遅くに自宅に帰ってきて一人でテレビを見ながらカップラーメンを食べる描写が至高だと言うようなものなのだ。そうではなくて、ご都合主義はご都合主義と気付かれないための工夫が必要なのだ。緊迫感とか説得感とか、そういうものを駆使して物語をご都合主義というものから隠していく。それが読んでいて楽しい物語なわけだ。もちろん、緊迫感とかそういうものを排した癒やしを中心とする作品も素晴らしい。しかし、癒やしが退屈に変わってしまってはダメなのだ。わかりきった顛末に右往左往するキャラクター達の姿は、ともすれば喜劇にしかならない。本質的に言えば喜劇だけど、我々がプレイしているその時はそれを悲劇として感じさせなければならない。それが面白い物語の在り方だ。

 

(少し余談だけど、ミルトス領に魔法や魔女がいたのはそういう感情の世界だったからかもしれない。芸術に秀でたジャスミンとかも、芸術は論理では説明できないものだから。論理で説明できないそういうものが、ミルトス領に存在していたのは、なんとなく作為的なものを感じるような気もする。そういえば信仰も感情的なものであるのだから、シスターであるバジルもそっち側と言えなくない。)

総括

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まぁ最後の最後に微妙な感想を言ったが、普通に面白いゲームだった。

一番面白かったのは共通ルートかなぁ…。村おこししてる最中がどうなるかわからなくて一番楽しめたかも。まぁ、あれが全部土台にされるとはおもわなかったけどな!あれってようするに、主人公がハーレム状況に置かれる理由付けですよね…?正直それがわかった時僕は一番大爆笑しました。

ルート自体はマーガレットとジャスミンが結構高評価かも。それ以外はちょっと…うん…という感じ。キャラだけで言えばみんな好きなんだけどね。特にお気に入りなのはマーガレット。

後はSDキャラ可愛いですよね。SDのCGの方が萌えたかも…。

まぁでも一番高評価なのはOP。

AXLさんの作品は初めてだったので不安だったけど、今度も何か買わせてもらおうかなぁ…

建前とか偽善とかホントの強さ?

それに正義とか言われても正直分からない

けどさ、見えぬ力に黙っているほど弱くもない

(中略)

湧き出る金貨、そんなものでは時計の針も動かない

なのに僕らは遠回りしてそれに気づくかな?

――百花繚乱エリクシルOP

 

(終)