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リアル妹がいる大泉くんのばあい 感想―兄と妹をどこまでも『リアル』に描いた、二人の物語―(10308文字)

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・ブランド Alcotハニカム

・シナリオ おるごぅる

・公式サイト(http://www.h-comb.biz/product/03/index.html

 

【あらすじ】

世の中には2種類のお兄ちゃんがいると言う。

現実の妹に絶望し、ゲームでも妹に萌えられなくなったお兄ちゃん

そして現実の妹に絶望したからこそ、ゲームの世界で理想の妹を求めるお兄ちゃん

この物語は、そのうちの後者。

現実の妹に「キモイ」「ウザイ」と虐げられ、美少女ゲームの妹に理想を求めた、

どこにでもいる平凡なお兄ちゃんの、血と汗と涙とその他もろもろの汁を元に啜った記録である。

主人公・大泉涼は、これまで数々の美少女ゲームで妹を愛してきた生粋のお兄ちゃん。

そんな彼が、とあるゲームの妹に心を奪われた。

大好きな声優、大好きな原画、そしてお兄ちゃんのためならちょっとエッチになってしまう妹。

だが、現実(リアル)の妹である栞はそうしたゲームに熱中する兄を、汚物を扱うような目で見る。

ゲームの妹――麻衣ちゃんは、兄をそんな目で見たりしない。

一緒にお風呂へ入ったり、手をつないで登校したり、すべてが現実とは違う。

そんなある日の夜、涼は不思議な夢を見る。

可愛い声で「お兄ちゃん」と呼ぶその子は、先ほどまでゲームで愛し合っていた理想の妹、麻衣であった。

そして翌朝、さらなる不思議な現象が涼を襲う。

「お兄ちゃん、起きて。ねぇ、お兄ちゃん」

軽く体を揺さぶられ、

重い瞼を開くと、そこには――

「おはよう、お兄ちゃん♪」

「ま、麻衣ちゃん!?」

馬乗りになって自分を起こしていたのは、ゲームのキャラそっくりの女の子であった。

 

 

若干アホなタイトルとアホなあらすじ(二次元のゲームから女の子が出てくる)からは予想できなかった、ド直球なシナリオ。

ああ、コレ完全にライターの趣味だなぁ…とか思ったけど、僕はそういう作品の方が好きなわけなのでここにこうして形に残そうというわけであります。

さて、以下所感と考察。

 

 

(ネタバレ注意)

 兄と妹、父親と母親、親と子、そして家族

「どうして夫婦なのに、あんなにいがみ合えるんだろうね」

「……夫婦だからなのかな」

「えっ?」

「所詮は他人だからね。籍は一緒でも、血はつながってるわけじゃない」

(中略)

俺たち兄妹は、夫婦のように簡単には別れられない。

どこを切っても、俺たちには同じ血が流れている。

ー栞、主人公

 些細なすれ違いからかいつからか、主人公の両親は決裂へと至ってしまった。

これを主人公たちは、簡単に切れない血が流れているから、兄と妹は簡単に別れられないと言う。

つまり、どうしようもなく別れがたい仲だからこそ、血のつながりというのはそれほど強固で、あるいは運命のようなものなのかもしれない、というわけだ。

「もう、わたしのことは放っておいてっ」

栞は俺が差し出していた傘を振り払い、雨の中を駆け出していく。

埋まらない兄妹の溝。

今となっては、それがどれほどの深さなのかもわからない。

雨は更に吹き付け、痛いほどに俺の頬を打ちつけた。

「…くそっ」

役目を果たしていなかった傘をたたみ、栞の後を追う。

追いついても、きっと傘は受け取ってもらいない。

それでも放おっておくことはできない。

そうじゃなきゃ、俺たち家族は本当にバラバラになる。

夫婦は所詮、他人だ。

婚姻届という紙切れ一枚の関係でしかない。

でも俺たちは、そうじゃない。

たとえ何があっても、兄妹をやめることはできない。

ー主人公、栞

 

これは、別に兄妹間に限った話ではなく、親子間にも言える話ではないかと、本編では述べている。

『親子っていうのは……同じ血が流れているっていうのは、特別なことなの

あなたが苦しめば、お母さんも苦しい

あなたがいなくなったら、お母さんも……

生きてる理由がなくなっちゃうじゃない――――』

ー舞(麻衣)の母

 舞ちゃんのお母さんは依存に近いものを感じるが、だがしかし裏を返せば、舞ちゃんは舞ちゃんのお母さんにとっては、それほど大事なものであるということでもあるだろう。

むしろこれは別に珍しい話ではないように思える。

子供のために身を粉にして働く母親の話は、物語としてはありふれているだろう。(だから、そうするのは当たり前だという話ではもちろんない。誰かのために身を粉にするという事は、例えそれが依存に近くとも、それ自体は素晴らしいことであり有り難いことなのだ。)

ようするに、血のつながりからの関係性というのはそれほど極端な話ではないというわけだ。

 

また、これは親→子という一方通行ではなく、子→親という形にも見られる。

「……お兄ちゃんは本当にいいの?」

「離婚のこと?」

「うん。離婚したら、お兄ちゃんと栞さんは離れ離れになっちゃうんでしょう?

子供にだって、未来を選ぶ権利はあるんじゃないの?」

「そうだね。でも、親には感謝してるんだ」

「……家にずっと帰ってこないのに?」

「それでも、俺たちをこの年齢になるまで養ってくれた

子供の俺たちがいたから、今まで離婚することもできなかった

……そろそろ、親にも新しい人生を歩んで欲しいんだ」

(中略)

「子供だって、親にはいがみ合ってほしくないし、幸せになって欲しいからね」

「栞さんと離れ離れになっても?」

「本当は、誰もが幸せになれる結末があったらよかったんだけどさ」

「………」

「俺達の事なら大丈夫。心配しなくて平気だよ」

ー麻衣、主人公

 主人公はたまに母親に対して怒りを見せる。

しかしそれは、自らに対する理不尽な仕打ち(家に帰ってこなかったり)のために怒っているのではなく、妹であり大事な人である栞に対してデリカシーのない行動をしているために怒っているのである。

それは、離婚の話を電話で栞に伝えたり、栞の意志を蔑ろにしようとしたりなどである。

つまり、主人公は子どもとして親に怒っているのではなく、大事な人を傷つけられているから怒っているに過ぎないのではないかと僕は考える。

 だからこそ、上の引用した場面では、子供として親のことを考えているわけである。

あれほどひどい仕打ちをされても、親が自分にしてくれたことを考え、それに感謝し(これは母親へのカーネーションを購入する場面で顕著である)、親の幸せを考えることができる。

もちろん、これは主人公の人格がなせるわざと言えばそれまでだが(実際栞はカーネーションを購入していない)、子→親の血の繋がりによる関係性の強さがなせるものとも言えないだろうか。

 

しかし、では両親間の問題とはどうしようもないのか。

そんなことはないだろう。

親のせいだけじゃない。

もっと、俺たちにも何かができたはずだ。

喧嘩している両親から逃げるのではなく、本気でぶつかっていくべきだった。

壊れていく家族にしがみついて、傷つけられても傷つけられても、あの家を守っていくべきだった。

しかるべくして俺たち家族は終わったんだ。

ー主人公

 親同士の関係性の崩壊とは、すなわち家族の関係性の崩壊に即繋がる。

これは他の関係性(親子間、子供間)より特に顕著だろう。

つまり、親同士の関係性を親だけとして見るのではなく、家族として見ることが大事なのだ。

 

すこし持論が入るが、人間というのは誰に対しての関係性でも「向き合うこと」が必要になってくる時が来る。

なぁなぁで済ませられなくなる時かもしれないし、すこしイラッと来た時かもわからないが、いずれにせよその時は必ず来るのだ。

この向き合う事と言うのは、もちろん相手を傷つけて、自分も傷つくことだろう。

だがしかし、それが向き合うということなのである(むしろ、それは愛と呼んでいい)

その向き合うことを、傷つくことを傷つけることを恐れて、避けていたら、その歪みは大きくなり、やがて最悪な関係性の崩壊へと繋がる(向き合うことで関係性が崩れるように見える時もあるかもしれないが、しかしそれは各々にとってより良い位置関係になったのである)

 

さて、この大泉家において、それぞれの家人が向き合った人とは誰だろうか。

それは、この主人公(涼)と妹(栞)だけなのである。

大泉家において、表面的に出ていた問題たる両親間だけでなく、親子間も向き合っていなかったのだ。(だからこそ、母親は栞に対して無神経な言葉をかけてしまう)

兄弟間で向き合ったシーンで一番印象的なのは、やはりバスケの1on1だろう。(このシーンは他の意味も持つので後述する)

ここにおいて、大泉兄妹は向き合うことによる関係性の重要性に気づいたのだ。

これが、離婚後のそれぞれの家庭に影響を与える。

主人公と父親は共にエロゲをやる仲になり(いやそれは大丈夫なのかという諸君の気持ちは十二分に分かる)、栞と母親も(栞の手紙の中のみでしか描写がないが)比較的良好な関係を築いている。

 

家族と向き合うこと、簡単なようで難しく気恥ずかしい話。

しかしそれは、とても大事な話なのだ。

彼らも、きっといつかは気づくに違いない。

それは明日かもしれないし、両親がなくなって、自分だけになった時かもしれない。

たとえ喧嘩ばかりしている妹でも、

無視されて会話のない兄妹でも、

ただ、いてくれるだけでどんなに幸せか……。

そうだ、今度の休みに栞が遊びに来たら、俺もきちんと言っておこう。

真顔で言ったら笑われるかもしれない。

でも、離れ離れになった今だからこそ、心からそう思える。

子供の頃から、俺のそばに居てくれて、

俺の妹に生まれてきてくれて――――

ー主人公

 

リアル兄とリアル妹

さて、「妹ゲー」と呼ぶにふさわしいこのゲームで、兄と妹という関係性を持っている組は2つある。

それは、「彰と美紀」と「涼(主人公)と栞」である。

 

では、「涼と麻衣」はどうなのか。

「あの子のほうが、わたしよりもずっと妹らしいかもね」

「そんなことはないよ」

確かに麻衣ちゃんは素直で可愛くて、理想的な妹だと思う。

でも、それが妹らしいかと言うとそうじゃない。

お兄ちゃんと呼んでくれるから『妹』じゃないんだ。

色々な積み重ねがある栞とは、根本的に違う。

ー主人公、栞

 何をもって「妹」なのか、と問われれば、それは年月であり共にした経験だろう。

ここにおいて、「理想の妹(美少女ゲームによくいるやつ)」は存在しても、「妹らしさ」は存在しないのである。

この主人公が言うように、いきなり現れて妹らしい振る舞いをしたから、はい妹!というわけにはいかないのである。

妹とはかくも難しきものなりというライターの意地が見える。

コダワリというのもここまでくればいっそ清々しさすら覚えるのは僕だけだろうか。

話がずれたが、涼と麻衣は兄妹という関係でないことは明らかだろう。

 

さて、リアル兄妹と理想(あるいは仮想)兄妹の差とは一体なんだろうか。

それは、恋愛感情の有無をはじめとした意識の差だろう。

「やっぱり、妹はいいよな」

「そうだね」

「ただし、二次元の妹に限る!」

ー彰、主人公

この作品内において、彰は「普通の(といえば少し嘘になるが)兄」の立ち位置である。

彼は妹萌えゲーをプレイしても、現実の妹と性的な関係は 持たない。というか、持とうともしない(そもそもこれは当たり前の話ではあるのだが、エロゲという世界においてこれは念を押して考えないといけないのである。)

そして、彰は「兄として」美紀のために主人公の前に立ちふさがる。

「どうして人を好きになるのに、兄貴の許可をもらわなきゃいけないのよ!

いくら家族でも、兄貴にそこまでする権利はない!」

「そんなことはわかってる」

「だったら!」

「でもな、子供だろうが大人だろうが、兄貴は妹の幸せを考えちまうもんなんだよ」

「!?」

「俺は不器用だから、こんな風にしかできねぇけど……

お前は俺の、たった一人の妹だからな」

彰は、本当に不器用な言葉で妹への愛情を示す。

男女の色恋とは違う。

俺は、彰の代わりにはなれない。

美紀ちゃんにとっても、彰はこの世に二人といない、たったひとりの兄貴だ。

(中略)

「お前も栞ちゃんの兄貴ならわかるだろ?

ここは、兄貴として引き下がれない一線だってな!」

ー彰、美紀、主人公

 兄として、彼は美紀の幸せを心の底から願って、そのために行動までしているのである。

いささか、現実世界の兄とは離れているかもしれないが、家族に幸せであってほしいという思いは、なんらおかしいものではないだろう(もちろん、家族と仲が悪い人が世の中にいることは承知だが)

 

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 再三いうが、「兄は男として妹を幸せにできない」のである。

それは、世間からの冷たい当たりや、そもそもそんな感情抱かないというものに起因する。

「俺のために何かをしてくれようとする気持ちは嬉しいよ

でも、自分のことを安売りしちゃいけない

妹だから、お兄ちゃんのためになんでもする……それじゃダメなんだよ

妹っていうのは、お兄ちゃんにとって都合のいい道具じゃないんだ

麻衣ちゃんが俺にしてくれようとしてたことは、口で言うほど簡単な事じゃない

それはね、これから麻衣ちゃんが本気で好きになる誰かのために、大切にとっておかなきゃいけないものなんだよ」

「……」

「麻衣ちゃんには忘れないで欲しいんだ

君は妹である以前に、ひとりの女の子だってこと

だから、俺の妹として縛られる必要はない。自分の幸せを探していいんだよ?」

それが、この世界の兄弟のあり方だ。

いつか妹は誰かの元へお嫁に行き、俺も全く違う女性を好きになる。

それは悲しいかもしれないけど、人として幸せなことだと思う。

ー主人公、麻衣

 これは、主人公もよく分かっていることなのだ。

お世辞にも良好な家庭とはいえない中で、頼れる相手が妹(また兄)しかいない状況にあって、それが恋愛感情のようなものを発露させたとしても。

世間はそんなこと意に介さない。

リアル妹とリアル兄は結ばれないのが「普通」なのである。

これこそが、リアル兄妹と理想(仮想)兄妹の差である。(これは結ばれる結ばれないという結果の話ではなく、そういった事実を目の当たりにするかどうか、考えるかどうかという話である)

「……栞、ごめんな」

俺が栞に選ばせたのは、女の子にとって幸せな道なんだろうか。

それは分からないし、本人の口からも聞く気はない。

でも、これからこうして肌を重ねた後は、朝まで抱きしめてやろうと決めた。

俺にはそれしかできない。

そうやって、この子を幸せにすることしかできない。

ー主人公

そして、この意識は主人公に確かに根付いている。

その確たる証拠はゲームスタートを押した時に表示されるルート選択画面である。

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画像を見れば一目瞭然だが、序章から美紀と麻衣にはつながってはいても、栞にはつながっていない。

残酷な話だが、栞ルートとはTrueエンドに繋がるルートでありながら、本来有りえなかった話なのである。(これは序章からどうやっても栞ルートに行けないことからもわかるだろう)

 

「お前のことだから、全てを覚悟の上で妹とそういう関係になったんだろ?」

「うん。誰からも祝福されないのはわかってる

ただ、彰にはきちんとはなしておきたくてさ」

「ふざけんなっつーの」

「え?」

「誰からも祝福されない?そんなの勝手なお前の思い込みだろ

悲劇の主人公演じてる暇があったら、さっさと結婚式の段取りを決めろ

俺が華麗に友人代表挨拶を決めてやる」

ー彰、主人公

だがまぁ、こういう感じの少しの甘さがあってもいいだろう、とも思うのだ。

このゲームはリアルに近づけたかもしれないけど、決してリアルではないのだから。

 

兄として為すべきこと、出来ること

 

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『どんなに努力したって、埋められない差っていうのがあるの

わたしは、それに気づいたから……』

ー栞

 

努力した人間が報われる世界じゃない、そんなことはわかっている。

それでも。

俺には、『お師匠さま』としてやり残していたことがあった。

(中略)

「お兄ちゃん、がんばって!」

俺は、その声には振り返らない。

今までもそうしてきた。

俺は栞に背中を見せてきただけだ。

きっと、格好悪いときのほうが多かったと思う。

それでも俺ができるのは。

前を向いて、妹に自分の背中を見せることしかない。

(中略)

誰かに勝つためじゃない。

俺は、ただ妹に見せたかった。

そのために毎日、繰り返し飛び続けた。

「バカな、トマホークだと!?」

……努力をして、超えられない壁なんてない。

それだけを、妹に伝えるために。

ー主人公、栞、古賀

 兄として出来ることとは何か、という話。

 球技会において、主人公はバスケ部の古賀を彼の得意分野で一瞬であったが凌駕した。

ゲーム内で幾度も語られているが、主人公は別にバスケが好きなわけではない。

ただ、彼は、妹に「努力をして超えられない壁なんてない」と伝えたかっただけなのだ。

それが甘い幻想だとわかっていても、それでもそれは「兄として」為すべきことの一つなのだろう。

 こういうところは、妹か弟がいる人なら分かるのではないのだろうか。

きっと兄(姉)というものは、下の子に向かって見本となるように頑張ろうとしているのだ。

それがたとえ小さい頃に親にそういったことを言われ続けた結果だとしても、年上として見本のようになりたいと思っているのは確かな自分の気持だろう。

また、他にも作品内で兄として行動した部分はある。

苦言を呈そうとしたところで、彰が美紀ちゃんに詰めよっていく。

「そんな中途半端やるぐらいなら、部活なんてやめろ。みんなにも迷惑がかかるだろ」

「な、何よ。そんなこと、どうした兄貴に言われなきゃなんないの?」

「他人じゃ、遠慮して言えないからだろうが」

「!?」

「恋路だかイボ痔だか知らねぇが、真面目に部活やってる人らに失礼なことはすんな」

珍しく真顔で叱る彰に、美紀ちゃんは反論できずに顔を背ける。

こういうのを見ると、やっぱり彰はお兄ちゃんだな、と思う。

ー主人公、彰、美紀

 家族だからこそ、兄妹だからこそ、言えることがあり、言わなきゃいけないことがある。

見本になるだけでなく、道を違いそうになったら叱る。

むしろこれは「兄」というよりは「親」としての役割に近いだろうが、しかし性質として「兄」とはそういった「親」に近い性質を持っているのではないかと考える。(これは、庇護する・庇護されるという関係性によるものである。つまり、親子間が庇護する・庇護されるの間柄であったのが、兄妹でそのまま移行するという考えである)

毎年、母の日には駅前のフラワーショップでカーネーションを購入している。

それが習慣になってしまって、買わないと落ち着かなくなってしまった。

……渡す相手は家にいないのに、自分でもバカなことをしてるなと思う。

だけど、こういうのは気持ちの問題だ。

自己満足でも、母親への感謝の気持は示したい。

(中略)

寂しくない、といえば嘘になる。

いざというとき、頼る相手がいないというのは不安だ。

それでも、俺が今の俺でいられるのは……。

「一人っ子だったら、寂しかっただろうね

正直、道を踏み外していたかもしれない

でも俺には、妹がいたから……」

「……」

妹のためにも、俺がしっかりしなきゃいけない。

その一心だった。

そういう意味では、俺は栞という存在に生かされてきたのかもしれない。

ー主人公、麻衣

 だが、この家族内での関係性は単なる庇護する・庇護されるの関係では収まらないものである。

前述した舞と舞の母親との関係のように、庇護しているつもりが「支え」になっているからだ。(例えるなら「心の支え」というやつだ)

主人公は妹に「見本」を見せたいという一心のおかげで道を踏み外さなかったと言う。

これは確かに、庇護するという性質を持つが、言葉を変えれば妹に「支えてもらっていた」とも言えるだろう。

親はなくとも子は育つなんて言うけど、それは違う。

親がいなくても、他に支えてくれる人がいれば、支え合える人がいれば。

子供は、育っていけるんだ。

ー麻衣

人が育つ、というのは支え合える人がいるのと同義である。

そして、この「支える」ということこそが、物語後半において多く登場した「ありがとう」という言葉の意味であろう。

だけど私は、短い間だったけど、涼さんの妹として一緒に生活することができた。

たくさんの素敵な人とも出会えた。

自分の命が消える前に、誰かに何かを与えたいと思っていたけれど。

結局、私は与えられるだけだった。

「私はいつか消えていく存在です

だから、今のうちに言わせてください」

私は栞さんの手をとって、心の底からの祝福の言葉を贈る。

「どうか、幸せになってください」

私は他人に何かを与えることができたのかな。

消える前に、何かを遺すことはできたのかな。

それはわからないけど、でも――――

「ありがとう、麻衣」

栞さんは、そう言って私に微笑んでくれた。

ー麻衣、栞

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「はい。私にも帰りを待ってくれている人がいて……

まだ、その人に言ってないことがあったんです」

「言ってないこと?」

「…………

ありがとう。

それを伝えに、私は帰ります」

ー麻衣、栞

 ありがとう、とはつまり「支えてくれてありがとう」という意味にほかならない。

麻衣の家族しかり、大泉家の家族しかり、その家族の誰一人が欠けていても今の自分はいないだろう。

主人公も、それがわかったからこそ、妹にエピローグでありがとうと言おうとしているのである。

また、だからこそ麻衣はどのルートでも(麻衣ルートですら)自分の病室へ帰るのだ。

自分の病室には、自分を心配してくれている母親がいる。

それは依存に近いかもしれないけど、だけど確かに自分を支えてくれたものにほかならない「家族」なのだ。

残酷な話だが、麻衣はどこまでいっても大泉家には入れなかった。(ここらへんは家族の閉鎖的関係性によるものだろう。麻衣が妹になれなかったように、家族というものも年月と共に過ごした経験によって家族に「なっていく」のだ)

そもそも、麻衣には家族がいるのだ。

だからこそ、麻衣は家族の元へ帰らなくてはならない。

麻衣が残るということは、家族というものの否定につながるからこそ、彼女はありがというを言うために(家族を肯定するために)帰ったのだ。

 

主人公は栞の『何』として生きていくのか

 さて、これこそが本題であり、このゲームの主旨というものだろう。

いままで述べてきた家族というものは、言ってしまえば兄妹を語る上で避けて通れないから論じてきたのであり、決して主題ではない。

結論から言えば、このゲームは「兄は妹の何として生きるのか」という話であった(だからこそ、これは最強の「妹ゲー」なのである)

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……俺は最低の兄貴だ。

生まれて初めて、自分の手で妹を叩いた。

手のひらが熱い。

それは握れないほどに。

俺は、いいお兄ちゃんにはなれそうにない。

だけど、それでも俺は最後までこの子の『お兄ちゃん』でありたかった。

「栞にとって、バスケはそんなに軽くないだろ?」

「………」

「俺は……兄ちゃんは、ずっと栞のことを見てきた

試合に負けて、次の日の朝、目が腫れるぐらいまで泣いてたこともあったよな

身長が伸びなくて、毎日のようにぶら下がり健康器を使って頑張ってもいた

たとえ、子供の頃に俺たちと遊ぶのがきっかけで始めたバスケだったとしても……

栞は、バスケが大好きなんだよ

俺のことなんて関係ない。今日まで栞が頑張ってきたのは、自分自身のためだ

だから、俺に甘えるな

栞には栞の道がある。俺たちは兄妹だけど、妹は兄貴の後ろをついてくるだけじゃいけない」

ー主人公

 別れを決意した日、主人公と栞の、互いの行く道を決めた1on1。

主人公は、ここでも栞を愛している。

一人の男としてだけじゃなく「兄として」も。

 ここで主人公が願ったのは、栞の独り立ちであり、彼女が一人で歩いていけることだろう。

ここにおいて主人公と栞は(初めてかどうかは分からないが)向き合ったのである。

それは、男と女としてではなく、「兄と妹」として。

でも、そのときにおもったんだ。

わたしのせいで、お兄ちゃんを泣かせちゃいけないって。

わたしは、わたしの足で歩いていかなきゃいけないって。

ー栞

 主人公はおそらく、いまだに兄と妹は結ばれるべきではないと考えているのではないか。

兄と妹では、必ず「庇護する・庇護される」という関係を引きずってしまう。

兄妹が別れて、それぞれの道を行く時に始めて、その関係性を壊すことができる。

この関係性を壊した時にこそ、男と女という立ち位置になれる(つまり、純粋に支え合える。また、共に並んで同じ道を歩めると言える。兄と妹では、妹が後ろについてくるしかないのだ)

ゆえに、主人公は最後まで、栞の『兄』であろうとしたのだ。

 

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物語の最後に、彼ら兄妹は共に歩む。

それは、この世界の中で許されないことなのかもしれないけど、しかし彼らはその資格と十分な痛みを得たのではないかと、僕はそう思うのだ。

 

総括

なんというか、本当に「良ゲー」という感じだった。

テーマがわかりやすかった分、難解なところもなく、全体的にシリアスな空気が流れていたのにもかかわらず、コメディ色を入れることでプレイをスムーズにさせる手腕は圧巻の一言に尽きるだろう。

というかコレ、完全にライターの趣味である。

妹好きすぎるでしょこの人、こんなに妹について考えないぞ普通(だがそこがいい)

舞ちゃんに関しては僕が個人的に好きなキャラだけに、物悲しさはあるがしょうがないみたいな微妙な心ではある。

やって損はないけど、妹とか弟いないとちょっと感覚わからないかなぁって感じでのゲームですかね。

というか音楽が結構良曲でした。ピアノ曲最高。

ミドルプライスなんで、やはり多くは望めないんですけど、その中で綺麗に仕上がっていた非常に良い作品でした。(終わり)